私が思うモロッコの有名人 1位イブン・バットゥータ2位バダ・ハリ 他

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モロッコ人の有名人って誰かなと考えて見ました。思いつく限り列挙してみたいと思います。

K-1選手 バダ・ハリ


私がまだ日本に住んでいて、結婚のためモロッコに行くことになった時、同僚が「バダ・ハリの国に行くんだね」と言いました。私は格闘技にまったく詳しくないので、その時に初めてバダ・ハリのことを知ったくらいです。バダ・ハリはモロッコ人であることに誇りを持っており、こんな発言をしています。

「モロッコは世界的に自慢できるものがない国なんだ。だから俺がK-1世界王者として活躍することによって、世界中の人々に“モロッコ?ああ、バダ・ハリの母国だよね”と言ってもらえるようにしたい。“世界”王者という部分が重要なんだ」と語っている。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

バダ・ハリの望んだとおり、バダ・ハリの国としてモロッコを認識してくれた日本人がいるというわけで、私はこの発言を知った時感動しました。
未だに日本人にとってはメジャーでない国モロッコですが、今から10年近くも前にモロッコの名を広めようとしていたバダ・ハリ。素行は悪かったりするようですが、モロッコの知名度アップのための貢献度としてはトップクラスでしょう。

旅行家 イブン・バットゥータ

私は高校生の頃、選択科目で世界史を選択していたので、イブン・バットゥータのことは知っていました。ただ、世界史を選択していない人たちにはイマイチ認知度が低いようです。簡単に知るため、詳しく知るためにはウィキペディアを見てください(笑)。このウィキペディア、すごく面白かったですよ。だから詳しいことは書きません(笑)

簡単に言うと、イブン・バットゥータは14世紀のモロッコ出身の旅行家。22歳の時から約30年にわたり、中東、アジア各地、西アフリカ、その他地域を旅した。帰国後、この旅を口述して書き留めさせたものが『諸都市の新奇さと旅の驚異に関する観察者たちへの贈り物』という旅行記。(日本では「三大陸周遊記」等翻訳されている。)

ぼかいか
ぼかいか

時代的には大航海時代よりも前。同じような冒険家のマルコ・ポーロが1254年生~1324年没,バットゥータは1304年生~1369年没。

旅行が好きで好きでたまらない人

イブン・バットゥータの旅のそもそもの始まりは、メッカへの巡礼でした。本来ならば往復16か月の行程のところ、故郷のモロッコに帰ったのはなんと24年後。すぐ、遠回り、寄り道しちゃうんです。出発の際に「両親との別れに心を痛めた」とか言っているのだったらもう少し早く帰ってあげればよかったのに、彼が帰郷する前に両親はなくなっています。しかも母は帰郷する数か月前に亡くなったというのだから、切ない話です。帰国して2,3日後には敵国の侵略から港を守るという目的で旅立つのですが、侵略がなくなるとさっさと観光旅行に切り替え、バレンシア王国めぐりをしています。類まれなる旅行好きといったところでしょうか。

ぼかいか
ぼかいか

今から何百年も昔のモロッコ人がモルディブにも行ってる!美しい海を見てどれほど感動しただろうね・・・。と思ったら島の女性たちが上半身裸で街をうろついていることが不満だったらしい。

ドバイにあるイブン・バットゥータモール

ドバイにイブン・バットゥータモールというショッピングモールがあるのをご存じですか?イブン・バットゥータが訪れたアンダルシア、チュニジア、エジプト、ペルシャ、インド、中国を再現した6つのエリアで構成されています。ペルシャエリアにあるスターバックスは世界一豪華ということで有名です。日本からモロッコに来るルートとしてドバイ経由という方法があります。時間があればちょっと寄り道というのも楽しそうです。

ぼかいか
ぼかいか

こういう施設がモロッコに欲しかったなぁー!

アメリに出てくる人

サッカー選手

2022カタールワールドカップでモロッコ代表は大躍進を遂げました。
国外のクラブチームに所属している選手も多く、名前が知られている選手もいます。
・アクラフ ハキミ
 エンバペの親友としてもよく知られる
・ヤシン ブヌ
 モロッコの守護神。ラ リーガ(スペインリーグ)で最も優秀な選手に贈られる賞(名前は忘れた)受賞歴あり。愛称はボノ

ほかにも、ハキム ジアシュ、マズラウィ、ソフィアン ブファルなど多数。
ただし、二重国籍の選手が多いです。

まとめ

あくまでも私が思いつくモロッコの有名人です。
モロッコ人の身体能力はすばらしいので、有名人が出てくるとしたらスポーツ選手は有望ではないかと思っています。

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